交通計画・合意形成

交通政策に関する社会的合意形成のための新制度の提案

1997 年6月に運輸と経済、第57巻6号に掲載されたものを再度提案する。

1.交通政策の特性
 交通施設は社会における共同利用施設で国土あるいは都市,農山漁村の地域基盤となる社会資本で,その多くは政府による公共投資によって建設,運営されているが,鉄道のように民間企業によって建設・運営されるものもある。公共投資によって建設・運営される道路などはいうまでもなく,民間企業の建設する鉄道なども,その計画を決定するのは原則的に国や地方自治体などの政府で,ある。そして,交通施設の建設や運営にかかわる交通政策の最終目的は,社会の構成員が豊かな生活を実現するための交通サービスを提供することである。このような特徴をもつ交通政策において,社会的合意をどのように形成するのが妥当であるかを考えてみる。また,そのための新しい制度を提案する。

2.合理性・一貫性のある全体計画と個別計画の策定
 交通政策に関する社会的合意を形成するための必要条件は,対象となる交通施設の日常生活圏以上の圏域における交通システムの全体像に関する一貫性・合理性のある全体計画の理念を明示し,それに基づく全体計画を策定し,その下での当該交通施設の最適個別計画を策定することである。最適計画とは,そのために用いる交通需要予測,交通施設計画策定,環境影響評価,総合評価などにおいてその時点での社会の経済水準における最善の技術・手法を用いて策定されたもののことである。なお,この交通計画は行政組織によって策定されるものとする。ここで取り上げられる交通計画は,その社会的便益が交通計画を実現し,運営するために必要な社会的費用より十分大きいものであることが,費用便益分析によって明らかにされたものに限られるべきである。

3.合意形成過程
 交通分野に関する計画について社会的合意を形成するということは,その計画内容をそれにかかわる社会,すなわち関係住民が承認し,受け入れるということである。一般に交通計画は国あるいは地方自治体によって策定され,構想,基本計画,整備計画,実施計画というように段階的にその内容が明確化され,詳しく記述されるわけであるが,交通施設が実際の地域のどの場所に立地するかが決まるのは,整備計画の段階である。したがって,その一段階前の施設の基本的内容を検討する基本計画の段階から,関係住民が計画策定に参加すべきである。関係住民の定義としては,その交通施設から何らかの直接的影響を受ける地域の住民とする。基本計画の計画原案を作成する段階から関係住民の代表者,たとえば関係地域の町内会役員などによって構成される委員会に環境影響評価を含めた計画原案を提示し,意見を聞き,必要と認められる場合には原案を修正する。整備計画の作成段階においても同様のプロセスをくり返すものとする。このようにしておけば,実施計画の作成段階では住民の関与は必要なくなると考える。なお,国土幹線交通網のように関係住民が広範囲に及ぶ場合には,関係住民の範囲を広げる必要があろう。
 以上のような交通計画策定に関する公的な情報はすべて公開することを原則とすれば,行政と住民の間の信頼関係が深まり,社会的合意の形成をより容易にすることができるであろう。

4.社会的合意が成立しない場合の調停および裁判制度
 上記3.の合意形成過程を経て交通計画を作成しても,一部の住民が賛成しない場合が生ずるが,そのような場合の対処法は以下のようにする。各都道府県に現在の公害審査会のような交通計画の作成,評価に関する専門家と弁護士からなる組織,調停委員会を作り,交通計画に関する紛争が発生すると関係住民が調停を申請できるようにする。この調停委員会は,現在の行政機構の下では,都道府県内に設けるのが,その事務局の人材確保,関連情報の収集などにおいて合理的であると考えられるが,都道府県庁が交通政策の策定主体となることの多いことを考えると,できれば裁判所のような行政機関から独立した公的機関内に設けるべきであろう。そして,この調停委員会で調停が成立しない場合には裁判所へ提訴し,裁判によって決着を付ける制度を設ける。この際,住民側が訴える事項に関する弁護士関係の費用については公的に援助し,住民の経済的負担は極力小さくすべきである。なぜなら,交通計画の実施によって何らかの不利益を受ける住民は,その計画がなければ何ら不利益を受けなかったはずであるから,その計画を実施することによって得られる社会的便益の一部を被害を受ける住民の救済に振り向けるのは妥当なことといえよう。この調停および裁判制度においては,訴えられた内容を中立の立場で調査・分析・評価するための調査機関をもつことを前提条件とし,この調査機関が行政側のもつ情報や民間コンサルタントを活用して,調停や裁判のための判断資料を提供するものとする。そして,用地買収などで調整がつかない場合などにも,この制度の中で適切な買収価格を決定するものとする。一般に裁判には長期間を要するが,公的計画に関する裁判はその担当者を十分に確保し,迅速に進めることを保証し,関係者の不満の迅速な解消と紛争に伴う社会的損失を最小にするよう努めるものとする。
 なお,この裁判制度でも一般の裁判と同様に裁判所は地方裁判所,高等裁判所,最高裁判所の3段階で構成され,下級審の判決に不服の場合は上級裁判所へ控訴できるようにすべきである。
 ところで,わが国の財政赤字の増大を契機として行財政改革が叫ばれている現在,新たに公的機関を設置することに関する社会的合意を形成することは大きな難関であると考えられる。しかし,交通政策などの公的施設計画の社会的合意形成ができないため,そのサービス供給が遅れることによる社会的損失と新設する機関の費用とを比較し,新設機関の費用が社会的損失より小さければ,新しい機関を設けるべきであろう。なお,ここで提案した制度は交通分野だけでなく,すべての社会資本整備の関連分野に適用できるものである。

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