新幹線の整備効果

1995年の東海道新幹線の利用者便益の計測

 

本文は韓国からの留学生鄭東錫君の名古屋大学大学院での修士論文が日本地域学会の地域学研究に掲載されたものに基づいている。

1. はじめに

我が国の社会資本整備においては、高齢化社会を目前に社会資本整備全般の効果的遂行、厳しい財政状況の下での事業の社会経済的意義、効率性を確認するとともに事業採択プロセスの透明性などを確保するため、これまでより科学的な評価が社会的に強くもとめられている。特に鉄道整備は多額の資本投下が求められる一方、その整備により時間短縮等必ずしも事業主体に帰属しないサービス改善効果、社会的に様々な便益をもたらすので、鉄道整備の意義や、効果に対する科学的な評価が最も必要となっている。これまで整備されて来た鉄道事業の中で最も大きな鉄道整備事業の一つである東海道新幹線は1964年に開業して以来、都市間での旅客輸送を高速化するだけでなく、自動車や航空機の利用に比べてはるかに大量の輸送が可能であり、その利用によって日帰り圏が拡大し、人的交流は増加し、国の経済構造改革、国土の均衡ある発展、ネットワーク維持形成、生活の質の向上等、様々な効果をもたらした[2]。本研究では東海道新幹線の効果の中で最も大きな割合を占めている利用者便益を評価する方法として東海道新幹線の開業による、交通手段選択と目的地選択の変化を考慮した二段階ネステイッドロジットモデルを構築し、そのモデルによって評価される消費者余剰の増分をプロジェクトの純便益として計測する方法を提案し、それによって1995年の東海道新幹線の利用者便益の計測を試みた。

. 本研究における利用者便益算定法

 交通施設整備が行なわれると、それにともなって交通量は増加していく。その増加した交通量は以下のように分類することができる。

 ①現在交通 ②開発交通:土地利用の変化によるもの ③自然成長:交通人口・社会・経済的変動によるもの ④分岐交通:他の経路から分岐してきた交通 ⑤誘発交通:容量増加に伴い新たに生じた交通 ⑥転換交通:他の交通機関より移ってきた交通 ⑦転移交通:目的地の変化に伴う交通

このような様々な原因で交通量は増加するが、すべての原因を考慮した利用者便益を算定するのは、困難であるため、本研究では、転換交通と転移交通を考慮した東海道新幹線の開業による利用者便益を計測することにした。本研究では、まず、転換交通の手段選択と転移交通の目的地選択の二段階ネステイッドロジットモデルを構築し、東海道新幹線の開業において生じた利用者便益を算出する。具体的には、まず下位レベルの交通機関選択においては鉄道、航空、自動車の選択を三項ロジットモデルで推定する。この段階で得られた効用関数からログサム変数を計算し、目的地選択モデルの説明変数に投入し、目的地選択の多項ロジットモデルのパラメータ推定を行なう。ここで得られたログサム変数の係数は下位に位置する手段選択モデルのスケールパラメータ倍となっており手段選択モデルのスケールパラメータを1と置けば、その係数が目的選択段階のスケールパラメータとなる。

また、本研究では集計型ロジットモデルを手段選択、目的地選択で使用しているため手段選択段階の非集計モデルにおける個人の利用手段における選択確率はOD間の利用手段の選択シェアとして与えられ、交通手段選択モデルのパラメータ推定より、あるOD間における鉄道、航空、自動車の効用の差が東海道新幹線の有無により変化することが把握できる。この効用差を手段選択段階から、同様の方法で目的地選択段階まで積み上げることで東海道新幹線による交通手段選択の変化と目的地選択の変化まで考慮した利用者便益を求める。

. 交通実態データについて

.1 旅客流動データ

 東海道新幹線の開業によって生じた利用者便益を算定するためには、前述のように東海道新幹線の影響圏の交通機関別地区間交通量が必要となる。ここでは、1995年に運輸省が行った都道府県間の幹線旅客純流動調査[8]の代表交通機関交通量データを利用し、東海道新幹線の影響圏を北海道と沖縄県を除く本州、四国、九州の各府県とする。ここでは、北海道と沖縄県の人が東海道新幹線を利用する機会が小さいと考えたため、影響圏から除外した。

.2 LOS(level of service)データについて

 本研究では1995年を基準年とし、航空、鉄道、自動車の所要時間、所要費用は基準年のデータを用いている。また、本研究の目的により新幹線整備の有無の場合のLOSデータを用いている。ただし、航空、自動車の所要時間、所要費用は新幹線整備の有無と関係がないので、変わらないと仮定している。

.3 航空データ[3],[6]

 航空利用者は、実際には複数の経路を選択することが可能であるが、本研究では所要時間が最短である経路を選択するものと考えている。また、航空料金は、往復割引を考慮した片道料金を採用している。航空所要時間については飛行時間に空港での待ち時間約1時間を含めた時間を用いる。

.4 鉄道データ

 鉄道利用者は、実際には複数の経路を選択することが可能であるが、本研究では所要時間が最短である経路を選択するものと考えている 。新幹線の場合はひかりの所要時間を利用している。料金はJRの距離別の運賃にひかりの自由席の料金を使用している。特急列車の場合はJRの距離別の運賃に特急の普通料金を加えたものを使用している。また、新幹線整備なしの場合は東京―大阪間の東海道新幹線の代わりにJRの特急列車が走行するものと考え、他の新幹線は1995年当時と変わらないことにしている。ただし、新幹線整備なしの場合のJRの特急列車の所要時間は東京―大阪間を92km/hで走行して6時間がかかると仮定している。また、東京―大阪間にある各駅間の所要時間は各駅間の距離によって計算している。なお、東海道新幹線のひかりの東京と大阪間の所要時間が時間帯と列車によって違うのでそれらの平均を用いている。

.5 自動車データ[4]

  道路ネットワークにおいてもすべて最短旅行時間で旅行するものと考えている。高速道路の料金は高速道路便覧中に示されている、料金改定の経緯を参照した。そのほか、ガソリン代として、1リットル当り85円で、燃費は1リットル当り12kmと仮定している。また、ゾーン間の距離が長いため平均乗車人数は2人と仮定している。道路投資の評価に関する指針検討委員会の指針(案)[1]にも、乗用車類の平均乗車人員が平日と休日でそれぞれ1.44/台,2.01/台であることが示されており、ここでは長距離トリップの多い休日の2/台を採用した。

.6 ゾーン分割ついて

 本研究では全国の各都道府県を1つのゾーンとし、計45ゾーンに分割している。ただし、埼玉、千葉、東京、神奈川は首都圏、岐阜、三重、愛知は中京圏、京都、大阪、兵庫、奈良は近畿圏として各圏内での移動は考慮していない。同様に、同一ゾーン内の交通も考慮していない。また、セントロイドは各都道府県の県庁所在地とした。

. 推定結果

.1 交通手段選択モデルの推定結果

 交通手段選択モデルでは所要時間、費用ともに係数の推定値が負の値となり、妥当であると思われる。

表1の推定結果において、費用に関しては、対数をとらない場合にはt値が非常に低くなることから自然対数を取った形を採用した。費用の対数を取った形で推定した場合には、所要費用よりも時間に対しての方が利用者が敏感であるように感じる。修正済みR二乗値は0.228でモデルの適合性はあまりよいとは言えないが、Rを重相関係数と考えて検定すると危険率1%で相関はあると判定されたので、このモデル全体では妥当なモデルと考える。                  

表1 交通手段選択モデルの推定結果

変数

推定値

t値

定数項(航空)

-2.291

-16.9

定数項(鉄道)

-1.129

-13.1

所要時間[時間〕

-0.285

-23.2

所要費用[ln所要費用]

-0.459

-2.6

N=2235 0.228

 表2 目的地選択モデルの推定結果

変数

推定値

t値

定数項(航空)

-2.291

-16.9

定数項(鉄道)

-1.129

-13.1

所要時間[時間〕

-0.285

-23.2

所要費用[ln所要費用]

-0.459

-2.6

N=2235

0.228

.2 目的地選択モデルの推定結果

 表2の目的地選択モデルにおいては、事前には目的地を選択する時に人口の影響が一番大きいと考えていたが交通手段選択レベル段階の効用のt値が61.8で大きいため目的地を選択するときに交通手段の効用が高いところを選択することがわかった。また、手段選択からのログサム変数の係数も0.707となり、交通手段選択モデルとの相関が高く、全体として妥当な結果であると考える。

. 便益計測

.1 消費者余剰による便益計測

 本研究では前述したように1995年度を基準年として東海道新幹線の整備の利用者便益を計測する。つまり、目的地選択モデルから導出された1995年度において東海道新幹線の整備の有無別のログサム変数の差は、消費者余剰の変化分と等価となる。

 効用タームで求められた利用者便益は、貨幣換算することにより金銭タームでの議論を行なうことができる。

.2 便益の算出

 東海道新幹線の整備による利用者便益は前述したように東海道新幹線の整備の有無別のログサム変数差でもとめられる。また、本研究では東海道新幹線の整備の有無別の生成交通量すなわち総交通量の変化はないと仮定している。

 

. 便益評価

 東京大阪間515.4㎞の路線を5年半の期間に3,300億円をかけて建設され、196410月に開業した東海道新幹線の整備による便益評価額をみると以下のようになっている。1995年における東海道新幹線の整備による便益評価額は全国で189215百万円と評価される。そして、東海道新幹線の整備による効用の変化が一番大きかった首都圏が旅客量も多いため便益評価額が約329億円で、次に近畿圏が約178億円で、中京圏が127億円の便益を得ている。なお、各都府県の1995年の利用者便益額は表3のようになっている。

3 東海道新幹線の整備による利用者便益(1995年)

都道府県名

便益(万円)

都道府県名

便益(万円)

都道府県名

便益(万円)

青森

1,660

石川

2,605

島根

2,503

岩手

3,344

福井

2,139

岡山

4,315

宮城

5,076

山梨

3,492

広島

4,749

秋田

1,792

長野

4,827

山口

3,273

山形

2,526

岐阜

2,312

徳島

1,322

福島

4,358

静岡

8,255

香川

2,287

茨城

8,735

愛知

7,114

愛媛

1,677

栃木

6,517

三重

3,311

高知

962

群馬

7,102

滋賀

4,451

福岡

11,008

埼玉

7,226

京都

4,160

佐賀

4,799

千葉

5,748

大阪

7,648

長崎

2,334

東京

12,941

兵庫

3,874

熊本

3,182

神奈川

7,059

奈良

2,139

大分

2,542

新潟

3,314

和歌山

2,768

宮崎

1,923

富山

1,915

鳥取

1,817

鹿児島

2,118

合計

189215百万円

各都府県の便益額はその発交通量に基づくもので、各都府県間交通量がどの程度、東海道新幹線を利用しているかによって変化する。また、東海道新幹線以外でも新幹線通過県では東海道新幹線を利用する人が多くなっていることが推察できる結果となっている。

. 結論

結論としては、以下のことが言える。

1995年の都府県間の幹線旅客純流動データによって、東海道新幹線の整備による交通手段選択と目的地選択の変化を考慮した1995年の実際の利用者便益を、都府県別に計測することができた。このとき、時間価値として、手段選択モデルから求めた値を使って、東海道新幹線の整備による効用の増分を貨幣換算することで、人々が認知していると考えられる、利用者の便益算出を試みることができた。

東海道新幹線の整備による利用者便益を算出することで、東海道新幹線整備の効果の大きさとその意義を再確認することができた。

参考文献

[1]道路投資の評価に関する指針検討委員会編(1998):道路投資の評価に関する指針(案)、(財)日本総合研究所、pp.52

[2]東海旅客鉄道株式会社 新幹線鉄道事業本部(1995):新幹線の30年・その成長の軌跡

[3]都築由紀子・森川高行(1998):空港整備事業に伴う利用者便益の計測法に関する研究、土木計画学研究・講演集、No21pp.403406

[4]運輸省(1995):運輸白書、大蔵省印刷局

[5]運輸省(1996):1995年幹線旅客純流動調査

[6]脇昌央・森川高行(1999):総合需要モデルを用いた空港整備事業に伴う利用者便益の計測法、土木計画学研究・講演集、No22pp.72-74.

[7](財)運輸経済研究センター研究調査部(1997):鉄道プロジェクトの費用対効果分析マニアル

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