社会資本整備評価法・利他的観点評価 

CVMによる交通バリアフリーのハード・ソフト施策の評価に関する研究

本文は日本地域学会の学会誌地域学研究374号(2007)に山口高広・河上省吾の連名で掲載された論文の数式と図表を省いたもので、従来の利己的中心の考え方に利他的な考え方を加えて社会資本の評価を試みたものである。また、社会資本整備におけるハード・ソフト両面の一体的整備の効率性、重要性に着目した研究でもある。


1. はじめに

近年我が国では,急速な高齢化の進展,ノーマライゼーションの理念の浸透などから,高齢者・身体障害者等の自立した日常生活及び社会生活の確保の重要性が増大しており,高齢者・身体障害者等に配慮した移動手段の確保が大きな課題となっている[15].それに伴い,平成12年に交通バリアフリー法[15]が施行され,以降,一定規模の旅客施設,車両等,歩行空間のバリアフリー化は着実に進展している[16].関西大学が所在する吹田市も,市域内の14の鉄道駅すべてを対象に,平成14年から交通バリアフリー法に基づく基本構想が地区ごとに段階的に策定されており,旅客施設,車両等,歩行空間のバリアフリー化は徐々に進められている.しかしながら,これらの整備および維持補修には多額の費用が必要であり,国や地方自治体による財政支出が必要である.すなわち,国民あるいは市民の税金によってこれらの整備の費用が賄われるが,これらの整備に対して個人が認識する経済的価値の大きさとの比較は明確に示されていないのが現状である.

また一方で,歩道などの公共施設の,人々の利用時における吹田市民の満足度の調査[26]では,約6割の人々が不満を持っており,歩行空間等の社会基盤施設を安全で快適に利用するために,ハード整備に加えて,共同利用者の利用モラルが改善されることへの要求が高まっている[24].交通バリアフリー化が効果的に達成されるには,ハード面が整備されるだけでなく,それを利用する健常者が社会的弱者を思いやって利用する必要がある.特にバリアフリー関連施設に関しては,健常者が障害者の状況を理解して援助の手を差し伸べたり,協力することによって施設の利用は円滑になり利用満足度も上がると考えられる.したがって,ハード面の整備と利用モラルを向上させるソフト施策の一体的な実施が求められる.

バリアフリー化の促進に関する国民の理解を深め,バリアフリー化の実施に関する国民の協力を求める,いわゆる心のバリアフリーを促進させる施策として「バリアフリー教育」がある.しかし,バリアフリー教育を実施するにも種々の費用がかかり,国や地方自治体による財政支出が必要である.

これらの背景を踏まえて,本研究ではCVM(仮想市場評価法)を用いて,吹田市を対象に交通バリアフリー化事業のハード・ソフト施策に対する支払意志額を推計する.そして,各施策に対する財政支出の妥当性の検討および課題の提示を行う.

以下,2.では評価対象となるハード施策およびソフト施策の詳細を述べる.3.ではCVM調査の実施概要について述べる.4.では各施策に対する財政支出の妥当性の検討および課題の提示を行う.5.では本研究のまとめを述べる.

2. 評価対象となるハード・ソフト施策

2.1 評価対象となるハード施策

吹田市が交通バリアフリー化の対象とする主な事業は,旅客施設と歩道の整備である.市域内にある14すべての鉄道駅を対象として,駅舎および駅から主な施設(官公庁施設,医療・保健施設,商業施設,福祉施設,公共施設,公園施設,教育施設など)を結ぶ歩行空間等のバリアフリー化を進めている.本研究では,支払形態を税金による追加的負担方式とし,駅から主な施設を結ぶ歩行空間のみを評価対象とする.私企業で費用負担を行う“駅舎のバリアフリー化”は評価対象とはしない.

駅から主な施設を結ぶ歩行空間の具体的な整備の内容は,吹田市の基本構想[19]に沿い以下のとおりである.歩道の幅は車いすがすれ違える2.0m以上を確保,電柱・樹木などの移設による歩行スペースの確保,車道・横断歩道等との段差・勾配の改善,照明施設の整備,歩道内の段差・勾配の改善,休憩施設の設置,連続した視覚障害者誘導用ブロックの設置などである.なお,整備箇所等は住民とのワークショップで得られた意見を考慮して決められている.

2.2 ソフト施策の提案

吹田市は,ハード施策と比較しても,利用モラルを向上させるソフト施策にはあまり着手していない.そこで,本研究ではソフト施策として吹田市の全小学校を対象にバリアフリー体験学習を取り入れることを提案し,その財政支出の妥当性を検討する.段階的に福祉教育を行ううえで,小学生の段階で思いやりの心を養い,中学生で人権意識に気づかせ,高校生には福祉課題解決への行動化を促すことが大切[18]とされていることから,バリアフリー体験学習の内容は小学生が社会的弱者の痛苦を体験し,思いやりの心が養われることが期待できる内容とする.

バリアフリー体験学習は,総合学習の時間を利用して,小学生の高学年(56年生)を対象に,学期ごとに1回(年に3回)車いすの体験,全盲状態の体験,高齢者疑似体験,点字体験を行うこととした.その際,効果を上げるべく,できる限り保護者にも参加してもらう.具体的な内容とイメージ写真を以下に示す.

     車いすの体験

指導員が車いすの構造や乗り方,コースの説明を行う.そして,生徒が21組でそれぞれ交互に乗車して段差・勾配・スロープを体験する.また,体験学習の場所には体育館,運動場,バリアフリー化されていない公道を用いる

     全盲状態の体験

21組などで1人がアイマスクを取り付け,白杖を使用しながら視力がまったく無い状態で歩行する.体験学習の場所には体育館,運動場,バリアフリー化されていない公道を用いる高齢者疑似体験

高齢者と同じような状態となるために身体に器具とおもりを装着し,専用めがねをかける.そして,高齢者の歩行の困難さを実際に体験する.

     点字体験

点字表を見ながら,道具を使って点字を打つ.点字への理解を深める.

以上,バリアフリー体験学習の内容,対象学年などは,吹田市のアムス大谷クリニック(医療福祉法人)や国土交通省中国技術事務所,実際にバリアフリー体験学習を学校教育に取り入れている吹田市の小学校(実施している小学校の数は少ない)の方々からのヒアリング調査を参考にして決定したものである.

3. CVM調査の実施概要

3.1 経済的評価に関する本研究の考え方とCVM調査における本研究の位置づけ

人間は社会的動物である.世代を超えて人々が協力することにより高い文明と文化は築かれてきた.現代人はその恩恵を享受している.このような社会が築けたのは人々が利己的に自分のみの幸福を追求したからだけではなく,他者の幸福も考えた一方向的な慈悲の行動,さらには他者との相互応報的な協力をしてきたからに他ならない.社会基盤施設整備の評価においても,これらの観点を含めて行うべきと考えられる.しかしながら,従来の社会基盤施設整備の評価では,伝統的な経済理論に従い,ひとびとは自己の帰結状態から得られる私的利益の最大化を目標として,合理的に行動するものと想定されている.その際,他者に対する当為的関心は外部性の一種と見なされて消極的な取り扱いを受けることが多かった.

本研究では,従来の自己利益説の枠内に収まる社会基盤施設整備の評価から脱却する.個人は他者に対して同情(sympathy[22]やコミットメント(commitment[22]といった当為的な関心を持ち,他者への関心を考慮しない私的利益と他者への同情や義務感に由来する価値の双方を考慮して,自己の利益を最大化する行動を選択すると考える.そして,この観点から社会基盤施設整備を経済的に評価する.

近年,整備の実施が急務である交通バリアフリー化事業は,健常者の社会的弱者に対する同情あるいは社会的弱者を助ける義務感を評価せずしてその重要性を把握することはできない典型的な社会基盤施設整備である.そこで,評価方法には,環境財に代表される非市場財の価値計測手法として研究事例が非常に多い[12]CVMを用いる.CVMは直接人々に支払意志額(willingness to pay: WTP)や受入補償額(willingness to accept compensation: WTA)をたずね,得られる経済的測度は等価余剰や補償余剰である[12].また,CVMで得られる支払意志額は,利己的動機に基づく価値だけでなく,他者(社会的弱者)への関心に由来する利他的動機に基づく価値も含めた価値を金額として計量化できる[13]

CVM調査における本研究の位置づけを述べる.CVMを用いて社会基盤施設整備を経済的に評価した研究は多くある.その中で社会的弱者を考慮した社会基盤施設整備を,CVMを用いて経済的に評価する既往の研究として,林山ら[7]は,高齢化という問題に対して絵や図による情報よりも,実体験や擬似的高齢化体験という体験的な情報が支払意志額を増大させることを明らかにした.藤原ら[6]は,路面電車低床化の主観的価値を定量化し,支払形態,考慮する受益者の差異により支払意志額の値が大きく変動することを実証した.堀ら[9]は,バリアフリー関連施設の価値分類を整理し,CVM事前調査の分析とそれを踏まえた課題整理を行った.土江ら[25]は,鉄道駅施設のバリアフリー化に対する直接的利用価値とオプション価値を計測する方法を提案した.また,鉄道駅施設のバリアフリー化を対象者別,内容別で評価した.松島ら[13][14]は,身体障害者の活動支援施設の評価を行い,利他的動機に基づく支払意志額を確認した.そして,利他的動機により発生し得る2重計算問題の回避方法を提案している.このように,ハード面の整備をCVMにより支払意志額を推計した研究は,まだ多いとは言えないが徐々に蓄積されつつある.しかし,本研究で評価対象とするソフト面の整備あるいは,ハード面とソフト面の一体的な整備に関する研究の蓄積はほとんどない.

3.2 CVM調査

CVMによる価値計測においては,その信頼性を下げる原因として種々のバイアス[12]が指摘されている.本研究ではそれらのバイアスを極力抑えることに努め,シナリオを以下のように設定した.本調査のシナリオは,2.で述べた交通バリアフリーのハード施策とソフト施策を一体的に実施するために必要な各施策の費用を,吹田市の全世帯から税金により追加的に徴収することに対する賛否を問うものである.支払形態は税金による年払いの追加的負担方式とした.回答者には双方の事業に支払う金額の合計を考慮し,生活費が減ることも想定したうえで,各事業に対する支払意志額を表明してもらう.なお,アンケート調査では,質問票の直前で,世帯としての支払意志額を表明してもらうように説明する.

支払いの強制力が低いことが戦略的バイアス誘発の有力な要因のひとつである[11]ことから,本研究では寄付金方式[12]よりも税金による支払い方式を採用した.また,税金による追加的負担方式は税金による捻出方式と比較して得られる支払意志額が小さくなる傾向にある[10].捻出方式の方が追加的負担方式よりも,支払いを表明した額の分だけ使える金額が減ることを想定するのが困難であると考え追加的負担方式を採用した.また,追加的な税金の支払いに対する拒否感に由来する抵抗回答は,計画・実施主体に対する負の相互応報的動機[4][23]に基づく回答であると考える.これは3.1で述べた他者への関心,計画・実施主体への関心によるものである.しかし,計画・実施主体への関心が支払意志額に与える影響は直接的な対象財の価値とは別の価値であることから,ここでは計画・実施主体への関心に基づく影響はバイアスとして分析対象から排除する.計画・実施主体に対する損得勘定を意識の中から排除し,人々の意識の中で自分が納める税金等の公的資金の中からバリアフリー化事業に使われても良いという額の大きさを事業の経済的価値とする.そして,抵抗回答群の真の回答は,それ以外の回答を母集団とした標本であると考え,支払意志額の推計の際は,サンプルから省く.また,無理解と考えられる回答もサンプルから省く.

質問形式は回答者が答えやすくバイアスが比較的少ないとされる二段階二項選択方式[12]を採用する.ただし,一段階目で反対と答えた場合に限り,二段階目には支払いカード方式[12]を用いて0円回答の減少を図った.提示金額は基準を歩行空間のバリアフリー化;1,000(円/年/世帯),バリアフリー体験学習;200(円/年/世帯)とし以下の4種類に設定した.[歩行空間のバリアフリー化,バリアフリー体験学習][1,000200][2,000400][5,0001,000][10,0002,000](単位;円/年/世帯)である.基準となる金額は費用を賄う最低限度の額に設定している.例えば歩行空間のバリアフリー化の1,000円は,吹田市の全世帯の約15万世帯(20059月)が1年間に1,000円を永続的に払い続けることを想定し,社会的割引率4%で現在価値に換算した値が別途推定した歩行空間のバリアフリー化の費用と等しくなるように設定した.バリアフリー体験学習に関しても同様である.費用の推計方法の詳細は4.4で述べる.

3.3 アンケート調査の概要

本研究のアンケート調査票は6つの項目から構成されている.a)歩道整備の現状に対する満足度の調査,b)歩行空間のバリアフリー化に期待する効果の調査,c)歩道利用者の使用モラルの現状に関する満足度の調査,d)小学生を対象としたバリアフリー体験学習に期待する効果の調査,e歩行空間のバリアフリー化バリアフリー体験学習の一体的な実施における各事業に対する世帯としての支払意志額の調査,f)個人属性の質問などを行っている.また,回答者が評価対象の質的変化をできるだけイメージし易くできるように,別紙に現状と整備後のイメージ図やイメージ写真を掲載した.

b),d)では各施策に対する直接的利用価値・間接的利用価値・オプション価値・代位価値・遺贈価値・存在価値 [1][2][8][12][17]をどの程度期待するのかを4段階(1.強くそう思う,2.少しそう思う,3.あまり思わない,4.全く思わない)と「わからない」の5つの選択肢によってたずねる.この評価により,交通バリアフリー化事業のハード・ソフト施策にともなう環境改善の情報を回答者に十分に伝えると同時に,情報量がすべての回答者で同一となる[5]ことを意図している.

4. 交通バリアフリーのハード・ソフト施策の経済的評価

4.1 アンケート調査の実施方法と実施結果

アンケート調査は平成1711月から12月に行った.配布方法は手渡し配布・郵送回収と住宅の郵便受け投函・郵送回収の2通りで行った.吹田市全域を配布地域として,ランダムに配布した.アンケート調査票の総配布数は1040通(ただし,4種類の提示金額については,各提示金額を等量(260通ずつ)配布した.),回収数は274通(回収率26.3%)であった.

回収したサンプルの世帯属性について述べる.回収した世帯サンプルを年齢別の割合で見ると,20代が7%,30代が28%,40代が23%,50代が20%,60代が14%,70歳以上が8%であった.なお,アンケートに回答した世帯主あるいはそれに準ずる方の年齢を,世帯の年齢とした.一方,母集団の吹田市の20代以上の年齢別人口比(20059月)[20]20代が16%,30代が22%,40代が16%,50代が18%,60代が15%,70歳以上が13%である.本調査で得られる結果は20代の世帯の意見が消極的に扱われ,3040代の世帯の意見が過大に扱われる可能性がある.

交通バリアフリーの認知度に関する単純集計の結果は以下のようになった.「大変興味がありよく知っている」=11%,「ある程度知っている」=35%,「言葉は初めてだが,内容は普段の生活で気づいていた」=27%,「言葉を聞いたことはあったが,内容まではよく分からない」=11%,「今回はじめて聞いた」=16%であった.また,福祉への関心に関しては以下のようになった.「大いに関心がある」=28%,「中程度に関心がある」=38%,「少し関心がある」=33%,「関心がない」=1%であった.これらの結果より,以下で行う支払意志額の推計結果は,福祉に関心が高い,あるいは交通バリアフリーについて詳しい市民の方々に偏った結果ではないことが言える.

4.2 支払意志額の推計

本研究では,ランダム効用理論に基づくロジットモデル[12]により分析を行う.

説明変数の組み合わせに対して最尤推定法を用いてパラメータ推計値を求め,中央値支払意志額(WTP)を算出する.符号条件を満足し,かつ最も適合度の良い各事業の推計結果を-2(省略)に示す.このモデルの適合度は尤度比からみてある程度確保されていると考えられる.歩行空間のバリアフリー化とバリアフリー体験学習の実施に対する吹田市一世帯あたりのWTPはそれぞれ3,610(円/年/世帯),1,520(円/年/世帯)となった.小学生を対象としたバリアフリー体験学習に対する中央値WTP歩行空間のバリアフリー化に対する中央値WTPに比べて小さく,約4割程度であった.

“世帯代表者の年齢”が高齢であるほど支払意志額は高くなり,歩行困難者と同居しているほど支払意志額が高くなると考えられるにもかかわらず,それらの属性は支払意志額に有意な影響を及ぼさないという結果が得られた.これは,回答者が利己的な評価ではなく,社会的弱者のことも考えた利他的な評価を考慮した結果であると考えられるのではないだろうか.他の結果として,“歩行空間の整備”に対して,所得の多い世帯ほど支払意志額は高いという結果が得られた.“バリアフリー体験学習”に対しては,“歩行空間の整備”とは異なり,“所得”に有意な影響はなく,家族の人数が多いほど支払意志額は高いという結果が得られた.これらの関係性についても今後明らかにしていく必要があろう.

また,“歩行空間の整備”に関しては,回答者の性別が世帯としての支払意志額に有意な影響を及ぼす結果が得られた(回答者が男性であった58サンプルの中央値WTP6,801円/年/世帯,回答者が女性であった175サンプルの中央値WTP2,969円/年/世帯であった).この結果が支払意志額の総計に及ぼす影響に関しては,今後より精緻な質問方式を作成し,確認する必要がある.なお,“体験学習”に関しては,回答者の性別は世帯の支払意志額に有意な影響を及ぼさなかった.

4.3 支払意志額の集計化

本節では,財政支出の妥当性の検討をすべく,吹田市全世帯の支払意志額の総計を推算する.

吹田市全世帯の支払意志額の総計は以下のようにして推算する.各世帯が対象財に対して有する価値を集計化する際,各世帯のウェイトは1とする.そして,吹田市の全世帯としての価値は,前節で得られた中央値WTPに吹田市の全世帯(約15万世帯)を乗じた値と考える.平均値WTPより中央値WTPを選んだ理由は,平均値は分布型の影響を受けやすいこと,平均値より中央値の方が低い金額なので中央値を用いた方が「控えめ」な集計額が得られる[12]からである.また,本研究では支払意志額を年払いによりたずねているが,社会的割引率4%で現在価値に換算した後に費用便益分析を行う.歩行空間のバリアフリー化バリアフリー体験学習の総支払意志額(TWTP)は,以下の式より推計する.

その結果,歩行空間のバリアフリー化の総支払意志額は約135億円,バリアフリー体験学習の総支払意志額は約57億円となった.

4.4 ハード・ソフト施策の費用の推計

歩行空間のバリアフリー化の整備費用に関して言えば,吹田市役所により費用が推算されている地区と,未計画で費用を推測する必要がある地区がある.江坂,山田,吹田・豊津地区はすでに整備する歩道の延長と事業費が推算されている.本研究では,江坂,山田,吹田・豊津地区の歩道1mを整備するのに必要な事業費のデータを用いて,未計画の地区の事業費を推測した.未計画の地区の予測事業費は-4(省略)のようになった.

桃山台地区は駅前広場を一体的に整備する事業が存在したため,吹田・豊津地区の特定経路の単位長さあたりの必要事業費と準特定経路の単位長さあたりの必要事業費から事業費を推計した.また,桃山台地区以外の事業費は,江坂,山田地区の整備歩道1mあたりに必要な事業費の平均(178(千円/m))に整備歩道の延長を乗じた額とした.なお,桃山台,千里山・関大前,南千里地区は整備歩道の延長が確定している.しかし,それ以外の岸辺,北千里,万博公園駅,公園東口地区は整備歩道の延長が確定していないため,駅から主な施設(教育・商業・公共・福祉・医療・文化施設が該当する)までの歩道の延長から整備済みの歩道の延長を引いた距離を整備歩道の延長とした.そして,総事業費はこれらの事業費の合計により約69億円とした.

バリアフリー体験学習にかかる費用の推計方法について説明する.1つの小学校で1クラス(40人程度)に必要な指導者と器具(車いす,アイマスク,点字用具,もみじ箱)の数量を表-3(省略)に示す.これらは,実際にバリアフリー体験学習を行っている吹田市内の小学校あるいは吹田市のアムス大谷クリニック(医療福祉法人)や国土交通省中国技術事務所に対してヒアリング調査を行い,決定した.また,指導者1人あたりの1回の講習の単価(指導時間および準備時間の合計が4時間,時給1,250円),使用器具の単価,耐久年数は福祉機具を扱う業者や小学校に対してヒアリング調査を行い,決定した.その結果,1つの小学校で1年間にかかるバリアフリー体験学習の費用は637200円となった.なお,本研究では,基本的な生活指導の一環として不可欠である福祉教育の時間は総合学習の時間に確保されていることを前提とするので,小学生の受講時間の機会費用は考えなくても良いものとする.

吹田市の全小学校での総費用を現在価値に直した額は,637200×吹田市の小学校数(36校)÷0.04(社会的割引率)5.7(億円)となった.

4.5 経済的評価

本節では,吹田市における歩行空間のバリアフリー化バリアフリー体験学習の財政支出の妥当性の検討をすべく,吹田市全世帯の支払意志額の総計と整備コストから費用便益分析を行う.

各施策の費用便益比は,歩行空間のバリアフリー化が;135(億円)/69(億円)2.0,バリアフリー体験学習;57(億円)/5.7(億円)=10.0となった.また,純便益は歩行空間のバリアフリー化が;135(億円)-69(億円)=66(億円),バリアフリー体験学習57(億円)-5.7(億円)51(億円)となった.

これらの結果より,吹田市で現在計画および整備が進行中である歩行空間のバリアフリー化および本研究で提案した小学生を対象としたバリアフリー体験学習はともに,財政支出の妥当性が示されたと言える.なお,得られた結果の経済的測度は等価余剰である.そして,その支払意志額は他者への関心を考慮しない私的関心に基づく利益と社会的弱者への同情や義務感に由来する価値の双方を考慮した個人の公共的判断によるものである.また,計画・実施主体に対する関心が及ぼす影響は省いている.

ただし,本研究で示した支払意志額を達成するには以下の条件が必要である.個人の計画・実施主体に対する負の相互応報的動機を働かせないようにする必要がある.なぜなら,本研究では計画・実施主体の過去の行状・現在の行為に対する不満に由来する抵抗回答をバイアスとして排除したからである.たとえば岩瀬ら[10]が示したように税金の捻出方式であっても抵抗回答を表明する回答者が存在する.つまり,現実的に追加的に税金を徴収しない場合であっても,負の相互応報的動機に基づく抵抗回答が発生しないとは言い切ることはできない.

また,今後の研究課題として,個人の交通バリアフリー化事業に対する支払い動機を分析する必要がある.交通バリアフリー化事業に対する協力には,利己主義的動機以外にも義務的な利他主義的動機(dutiful altruism[3]や純粋な利他主義的動機(pure altruism[3]が支払い動機として含まれている可能性がある.これらの動機が,今回のアンケート調査を行った市民と行っていない市民とで支払意志額に及ぼす影響の有無を調査する必要がある.

5. まとめ

本研究ではCVMを用いて,吹田市を対象に交通バリアフリー化事業の歩行空間のバリアフリー化小学生を対象としたバリアフリー体験学習に対する支払意志額を推計し,各施策に対する財政支出の妥当性を検討した.その結果,吹田市の1世帯あたりの支払意志額はそれぞれ3,610(円/年/世帯),1,520(円/年/世帯)となった.また,吹田市の全世帯での総支払意志額と予測整備費用との費用便益分析より,歩行空間のバリアフリー化の純便益は約66億円,BC2.0バリアフリー体験学習の純便益は約51億円,BC10.0となった.吹田市で現在計画および整備が進行中である歩行空間のバリアフリー化および本研究で提案したバリアフリー体験学習財政支出の妥当性を示した.ただし,本研究で示した支払意志額を達成するには,個人の計画・実施主体に対する負の相互応報的動機を働かせないようにする必要がある.

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