都市交通計画の反省とそのあり方
平成18年度トヨタ都市交通研究所年報特別寄稿論文を少し修正したものを示す。
1.はじめに
わが国は20世紀の100年間、特にその後半の50年間に経済の高度成長に代表される急激な経済および社会の変化を体験した。このような状況の中で行われた交通の実態の変遷、都市計画の実態を振返り、現在の都市・交通計画の問題点の指摘とその改善策の提案を述べたい。
2.交通の実態の変遷
過去50年間の交通の実態の最大の変化は、モータリゼーションの進展であった。モータリゼーションの進展は人々に移動の自由をもたらし、その結果として、土地利用の分散化や人々の個人主義的思考の助長といった都市計画や人々の行動様式に種々の影響を与えた。このモータリゼーションの進展状況すなわちわが国の交通手段別輸送割合の推移は以下のようであった。
わが国経済の高度成長が進展した1965年から安定成長、停滞、そして回復にいたる2004年まで、自動車保有台数は’65~’75年の10年間には約3倍、’75~’85年の10年間には約1.7倍、’85~’95年の10年間には約1.4倍、’95~2004年の9年間には約1.14倍という増加を示し、2004年には1.6人に1台以上、約7千7百万台までに増加し、この間の旅客と貨物の輸送分担状況の推移は、鉄道が東京・大阪都市圏および新幹線輸送以外で大幅に減少する反面、自動車輸送が急速に増加して陸上輸送の大半を占めるようになっている。
このような20世紀後半の急激なモータリゼーションの進展により、わが国を始めとする先進工業国では、多くの都市で自動車が中心的役割を担う都市交通体系をもつようになり、それに伴う各種の都市問題、すなわち街路交通の渋滞、自動車交通騒音・振動、大気汚染、公共交通サービスの赤字による衰退、中心商業地の衰退、交通事故の増加などが顕著となっている。さらに近年では、地球環境保全のためにCO2排出削減の観点からも自動車交通対策が求められる事態となってきた。
3.都市交通計画の変遷
都市交通計画には、都市交通施設体系の全体を取扱う総合的都市交通計画、個別の交通施設を取扱う都市交通施設計画および近隣住区の交通施設を扱う地区交通計画などがある。わが国では1960年頃から都市交通計画が策定されるようになったが、最初は主に鉄道や幹線道路などの都市交通施設計画が策定された。そして、1972年頃からパーソントリップ調査結果に基づく総合的都市交通計画が策定されるようになった。
これらの交通計画策定のためのわが国の都市交通政策の推移を見ると以下のようになっている。
(1)交通施設別整備の推進時代(1955-70年)
都市への人口流入が激しく、輸送需要の急増に対して、道路・鉄道などの交通施設が不足していたため、それぞれの施設整備を行わなければならなかった。そのため、道路・鉄道の量的整備が別々に行われ、相互連携に問題が生ずることがあった。
(2)都市の総合交通体系の整備時代(1970-80年代)
鉄道・道路に関する交通政策を担当する運輸省、建設省、警察庁間の縦割り行政の弊害が指摘され、各交通機関間の相互連携と適切な分担関係の樹立が目指された。都市交通サービスの質的充実が求められるようになり、パーソントリップ調査が行われ、このような要望にもある程度対処できるようになった。
(3)個人の移動可能性向上を考慮した都市交通体系の整備時代(1980年代~90年)
人々の交通サービスに対する要求も高度化、多様化し、個人の公平なモビリティの確保が要請されるようになった。非集計行動モデルが利用されるようになり、個別の交通需要にも対応できるようになった。
(4)持続可能な発展のための都市交通政策の模索時代(1990年~現在)
経済の安定成長、地球環境問題の顕在化、化石エネルギー枯渇、公共財源不足の時代の都市交通政策として、交通需要を適切に管理することによって、望ましい都市交通サービス処理体系を実現しようとする交通需要管理の考え方が提起された。これは、都市の成長管理にも通じる交通政策で、望ましい地域環境を整備するためには、都市の成長、交通需要を適切に管理する必要があることによる。そして、90年代半ばに、交通渋滞、事故や環境悪化などに対する情報技術による対応策としてITS技術が国家戦略として採用された。
以上が、都市全体の交通計画の推移であるが、都市を構成する各地区の交通計画の推移は次のようであった。
近代的地区交通計画は、米国における1927年のC.A.Perryの近隣住区計画、および1928年のH.WrightとC.S.Steinらによる地区内での自動車交通利用の抑制を取入れたラドバーン方式の提案に始まると考えられる。わが国では、このような考え方による地区交通計画が1962~71年頃に、千里(1962)、高蔵寺(1968)、多摩(1971)などのニュータウンに導入された。しかし、わが国では、地区内での自動車交通利用の抑制という考え方は残念ながら一般化するには至らなかった。
そして、1963年に英国においてC.Becannan を中心にまとめられたTraffic in Townの中で都市計画の中での自動車交通の取り扱い方の基本原理、すなわち都市は部屋ともいうべき居住環境地域と廊下というべき分散道路体系によって構成されるべきとして、効率的な廊下と環境の良い部屋を総合することによって自動車交通と居住環境の調和を図ろうとする考え方が提案された。これは、道路を幹線、地区、局地の各分散路と出入路の4段階に区分し、それぞれこの順序に接続し、分散路は居住環境地区を分断しないように配置して環境の悪化を防ごうとするものである。この道路網の段階構成の考え方はわが国の都市計画道路の計画標準に取り入れられたが、地区内での自動車交通を抑制するという考え方はほとんど普及しなかった。
4.都市交通計画の最終目的
都市交通計画の最終目的は、人々の豊かな生活の実現であり、人々の望む多様性のある生活を送れる条件を交通の面から整えることである。豊かな生活とは、安全で経済、時間、空間、心の面でゆとりを持ち、多様性のある生活を将来にわたって安定的にかつ世代を越えて継続的に送ることができることと考えられる。これは都市計画の目的と一致するものであって、したがって、都市交通計画は都市計画と一体的に実施することがその目的を達成するための必須条件であることがわかる。
しかし、従来のわが国の都市交通計画においては、都市内の各種都市施設配置との連携が十分に行われず、都市施設と交通施設の両者の機能を十分に発揮できないという事例が多数見受けられたのは、残念なことであった。
また都市は人々が生まれ、学び、働き、子供を育て、交流し、老い、やがて死に至る一生を送る場であることを強く意識した都市交通計画を策定すべきであるのに、幼児、子供や老人の生活への配慮は十分なものではなく、このような事実が、少子化の原因の一つとも考えられる。
人間は社会的動物である。世代を超えて人々が協力することにより高い文明と文化が築かれてきた。現代人はその恩恵を享受している。このような社会が築けたのは人々が利己的に自分のみの幸福を追求したのではなく、他者の幸福も考えた慈悲の行動、あるいは他者との双方向的な協力をしてきたからに他ならない。したがって、我々はこのような社会の基本的なあり方を次世代を担う子供たちに十分理解させることが大変重要であることがわかる。
過去20~30年間の都市における子供の養育システムを見ると、地域社会における年齢の異なる子供同志の遊びを通しての社会性などの教育、具体的には子供会活動などがきわめて少なく、これが青少年の社会性の育成に多くの問題を引き起こして、少年犯罪の増加の一因になっていると考えるのは、見当はずれの見方であろうか。
都市交通計画の最終目的は人々が快適な生活をできる持続可能な社会の構築を支援することである。すなわち、持続可能な地域社会を作ることである。この持続可能な地域社会、地区の備えるべき条件をまとめると次のようになる。
5.サスティナブル コミュニティ、持続可能な地域社会の基本的条件
持続可能な地域社会すなわち地区計画の保持すべき基本的条件を米国での検討例を参考にして列挙すると以下のようになる。
(1) 地域のアイデンティティとその世代間の継承
人と人とのつながり、それを育成する公共施設、歴史、地域の特色、文化とそれらを次世代へ継承するシステムをもっていること。子供会、町内会活動、住民自身が都市計画を決定するシステムなどをもっていること。
(2) 自然との共生
地区が自然生態系と調和していること。地区の境界に自然を導入し、レクリエーションや市街地の環境保全、食糧供給などに活用する。
(3) 自動車の利用抑制のための交通システム
わかりやすい格子型道路網、公共交通施設と歩道、自転車道の整備。日常的かつ基本的な活動である通勤・通学・買物・レクリエーションなどが徒歩・自転車や公共交通機関によって行えること。
(4) 混合土地利用
建物の混合用途使用による職住近接と治安の確保を図ること。
(5) オープンスペース
人々が集まり交流できる空間すなわち公園やグリーンベルトなどとして土地の環境保全に役立つオープンスペースを持つこと。
(6) 多様性のある住宅による地区の構成
所得、家族構成の異なる人々が住めるようにする。地区内に幼児から高齢者までが住み、相互交流が容易に行えるようにすることが、地域文化の伝承にとっては不可欠の条件である。
(7) 省エネルギー・省資源
エネルギー、水、廃棄物、食物、居住などにおける省エネルギー、省資源を目指す。
6.わが国の都市交通計画の問題点
従来のわが国の都市交通計画の結果と考えられる都市交通における問題点をまとめると次のようである。
(1) 通勤・通学時の大量輸送機関、道路の混雑と通勤の長時間化
(2) 広域的な路面交通の混雑と渋滞
(3) 騒音、排気ガスによる交通公害と高い交通事故の危険性
(4) 都心部における駐車場不足
(5) 環状方向の交通サービスの欠除
(6) 郊外住宅地の端末輸送に対する配慮の不足
(7) 交通機関相互の結接点の未整備と料金体系の不連続性
(8) バスの経営悪化とサービスの低下の悪循環
(9) 交通サービス水準の地域的および階層的アンバランス
(10)道路によるコミュニティーの分断
(11)中心商業地の衰退
そして、都市交通計画の策定における問題点を列挙すると以下のようである。
(1) 都市施設計画は所与のものとして交通施設計画を立案するのが一般的であったが、都市施設と交通施設の計画は相互作用をもつので一体的に立案すべきである。
(2) 都市交通計画の目標年度は最大でも20年後とすることが多かったが、都市構造を決めることになる都市交通計画の目標年度は最低でも50年後を目指したマスタープランとして策定すべきである。
(3) 従来の都市交通計画では、人々の自動車利用性向をほぼ無制限に認める計画を策定してきたが、本来都市は人間が活動主体である空間であるべきで、人と車が共存する場では、歩く動物である人間の行動を最優先とする空間を整備すべきである。すなわち、人々が社会・経済的活動をする場では、自動車の利用を従来より強く制限すべきと考える。
(4) 従来の都市交通計画では、幹線道路や鉄道などの幹線交通施設中心の計画が取扱われ、業務地区や居住地区の地区内交通計画が詳細に検討されることは比較的少なかった。しかし、人々が長時間滞在し、活動するのは居住地区や業務地区であるので、これらの地区の交通計画を幹線交通計画と同等以上に重要視すべきである。
(5) 都市交通計画策定においては交通施設そのものの計画のみを対象とし、最終目的である地域のあり方に対する配慮が十分に払われることはほとんどなかった。
地域社会は人々の生活の場であり、次世代を支える子どもを育てる場で、そのためには子どもが自由に遊べる空間である必要があったが、自動車交通の進展によりかつて子どもの遊び場であった地区内道路から子どもたちが排除されて久しい。
また、子育て支援と子どもの社会性発達のためには、三世代近居による高齢者、青壮年者などと子どもたちとの交流が効果的であり、これは少子高齢化社会対策ともなると考えられる。
一般に小中学校では同学年の子どもの知育、体育、徳育などの教育が行われるが、居住地である地域社会では年齢の異なる子ども同士の遊びなどを通しての社会性の育成が行われるべきである。また、家庭や共同体である地域社会において、生活文化や精神的な伝承の創生と継承を通して地域のアイデンティティを育てるべきである。
しかるに、モータリゼーションの進展は地域社会から子どもの遊び場を奪い、子どもたちの社会性の発達の場、すなわち人との付き合い方を知る実践の場を奪ってしまった。結果として、地域の子ども同士で育まれるはずの遊びの文化の伝承が行われる場をも奪ってしまった。
(6) 都市交通計画の策定に際して公聴会やパブリック インボルブメントなどを通して住民意見が聴取されてきたが、交通施設を利用する人々が主体的に交通計画を策定するという体制にはなっていない。
地域に直接的に関係する交通施設計画について、日常的に住民が考え、意見を述べる常設のシステムを作り、地域住民が自治体と協力し、自分たちの地域を自ら造るという意識を持つようにすべきと考える。このためには、幼少時から住民に対する都市交通計画に関する教育を行い、人々が望ましい地域のあり方について明確に認識できるようにする必要がある。
7.わが国の都市交通計画の目指すべき方向
上述のような問題点をもっているわが国の都市交通計画の目指すべき方向について以下に述べる。
(1) 都市交通計画策定に際しては、交通施設整備だけを考えるのではなく、常にその最終目的、すなわち豊かな持続可能な地域社会を造ることを意識しながら計画を策定すべきである。
(2) 将来の都市構造を決め、地域社会のあり方に大きな影響を与える都市交通計画の目標年度は50~100年後とし、10~20年間隔の中間年を設定して、基準年度から目標年度までの交通状況を想定し、50~100年間に亘る期間の交通、すなわち人々の生活の最適化の実現を目指すべきである。
(3) 都市交通計画の最終目的は、持続可能な発展を実現できる地域社会を構築するための手段を提供し、そこで人々が一生快適に生活できるようにすることである。なお、持続可能な地域社会の基本的条件は、前述5.の(1)~(7)に述べたとおりである。
(4) 持続可能な地域社会構築のための近隣住区相互間の交通のための手段としては、バス、LRT、都市高速鉄道などの公共交通機関を利用する交通体系を採用し、地区内では主に徒歩、自転車を用い、自動車利用を極力減らすべきである。これは、欧米で近年関心を集めているTOD(Transit Oriented Development)という自動車に依存せず公共交通機関、徒歩、自転車などを交通の中心とするような都市開発を行う方式を採用することである。この方式では、近隣住区の中心に公共交通機関の駅、公共施設、商店街などを配し、半径500~600m内に住宅をつくり、その周辺部にオープンスペースを設置する。
(5) 人間は歩く社会的動物であるという人間社会の根源に立ち返り、都市交通計画・都市計画の基本単位である近隣住区内では、原則として緊急自動車以外の進入を制限すべきである。緊急自動車としては、通常の救急車や消防車に加えて歩けない病人、高齢者や乳児などを乗せた車および大型荷物運搬用車両もこれに加える。なお日常の買い物の荷物などはカートで運ぶか、手で持つものとする。このようにすることによって、人々は近隣住区内での諸活動を徒歩や自転車で行うことになり、交通事故の危険をはじめとする車の負の側面はなくなる。また、近隣住区内の道路では、子どもが自由に遊べ、人々は道路上で立ち話ができるようになり、地区内での人々の交流が容易になると考えられる。
しかし、これまで自宅周辺まで自動車を乗り入れる方式に慣れている人々にこの方式を受け入れてもらうのには多くの困難が予想されるが、無制限の車利用の弊害を根気よく説明し、10~20年かけて人々の了解をとり、この方式を実現すべきと考える。このために近隣住区周辺のオープンスペース内に駐車場を設置し、地区内へ入る人は原則としてここに駐車して、ここから徒歩、自転車などで内部へ入るものとする。そして近隣住区内では、公共交通機関路線、徒歩、自転車それぞれが専用通路をもつようにすべきである。
(6) 都市交通計画では、広域的交通サービスのための幹線交通施設とともに商業業務地区や居住地区の地区内交通計画を詳細に検討する必要がある。
(7) 都市空間のほとんどを占める近隣住区の計画においては、三世代近居や多様性のある人々の居住を可能とする住宅供給システムを導入し、地域社会の生活文化や精神的な伝承の創生とそれらの継承が行われ、地域のアイデンティティを育てることを考える必要がある。
(8) 都市計画や都市交通計画は本来その都市の住民が内外の関連情報を参考にして、自分たちにとって最もよい計画を策定し、それを実現していくべきものである。これを実施するためには、市民は幼少時から都市や交通計画に関する教育を受け、各人が望ましい地域社会のあり方を明確に認識できるようにし、①地域住民と自治体が協力して都市計画や都市交通計画を策定する体制と②計画案を全市民が住民投票などによって評価するシステムを作り、①と②を繰り返し活用して最終計画を確定する方式を確立すべきである。
そして、計画が確定した後も5~10年毎に計画の再検討を行い、実施される計画は常に最善のものであるようにすべきである。
(9)
ここで提案した近隣住区と都市交通システムの関係の概要を図示すると次のようになる。(図は割愛する。)
参考文献
1.河上省吾, 松井寛:交通工学第2版, 森北出版(株), 2004.11
2.川村健一, 小門裕幸:サスティナブル・コミュニティ, 学芸出版社, 1995.11
3.大西隆:逆都市化時代, 学芸出版社, 2004.6
4.家田仁, 岡並木:都市再生, 学芸出版社, 2002.7
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